建築家が、ボールペンをつくる。
メガネを掛けるための道具を考える。
小さなテーブルをデザインする。
少し不思議に感じるかもしれません。
建築家の仕事といえば、家やビル、美術館などの建物を設計すること。
日用品とは、ずいぶん大きさが違います。
でも、考えてみると共通するところがあります。
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友人からゼロポッドはゴルフバックぐらいの大きさじゃなきゃダメと言われたけど、あんな大きなゼロポッドがそんなに小さく出来るわけないと思った。
ところが、絶対無理だと思っていた折畳み方法が、数日後の朝、目覚めたら奇跡のように降ってきた。
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数週間はゼロポッドの模型も見たくなかったが、しばらくすると新しいアイデアが降ってきて再びゼロポッドに取り掛かった。
次はとにかく試作までは自分で完成できるようにしようとフライス盤やらボール盤、プレス機まで購入してアルミパイプによる折畳みトラス構造に挑戦した。
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何度かFBでも書いたが、自分でも忘れないうちにゼロポッドのヒストリーを書き留めておこうと思う。
ゼロポッドを作ろうを思いたったのが45歳の時。
その時は設計士らしく、設計と試作したらどこかのメーカーで製品化してもらおうと考えていた。
最初のゼロポッドは美しい木製フレームの木造ゼロポッドだった。
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先日ZEROPODオーナーと飲んだとき、その方にZEROPODには第三の時間が流れてると言われた。その方によると、普段我々は二つの時間の間で暮らしているとのこと。
第一の時間、未来への投資としての時間、例えば秋の収穫の為に種を蒔き植物を育てるような未来の為に現在を使う時間。第二の時間は収穫祭のような、収穫を食べて楽しむ「遊び」の時間。そして、その方がいう第三の時間とは、「未来の為の時間」でもなく「必要な欲求を満たす時間」でもなく、「ただ自然の中にいること」を楽しむ時間だというのだ。
例えて言えば食後のライオンがなにもせず、ただ草原で寝そべっているような時間。これが人間なら将来もっと餌を取れるように筋トレとかしちゃうんだが、彼らはそんなことはしない。ただ、腹が減るまでゴロゴロと「今」を楽しんでいるようにも見える。ZEROPODの中でゴロゴロしたり、のんびりと過ごす時間は、「未来の為の時間」でもなく「遊びの時間」でもない。ただ「自然の中にいるだけ」の第三の時間。現代人にはこういう時間が不足していると言われた。うまく言語化できないけど、感覚的に納得した。第三の時間って概念、面白いと思わない?
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